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地味な存在だった森島
歴代日本代表で一番好きな選手といえばセレッソ大阪の森島寛晃です。
彼を最初に見たのは今から20年前。
日本代表で誰よりも小柄で見事なゴールを決める姿に衝撃を受けました。
当時はセレッソ大阪の選手とは知らずに見ていましたが、僕がJリーグのセレッソ大阪を応援し始めて今でも応援し続けているのは森島の影響です。
森島にはセレッソでも代表でも息の合う選手がいました。
西澤明訓です。
セレッソ大阪でもコンビを組んで活躍していた2人は代表でも同時に選ばれるようになりました。
2人が代表として活躍した試合は、トルシエジャパンとして挑んだ2000年のハッサン国王杯のフランス戦です。
この試合で森島、西澤は2トップで起用されました。
慎重に入った日本は前半に森島が値千金の先制ゴールを上げました。
日本がフランスから先制点を奪ったのです。
後半にジダンのゴールで追いつかれるもその後、西澤の芸術的なボレーシュートで2ー1と突き放しました。
最終的にはその後追いつかれ、PKで敗れてしまいましたが、当時世界で戦える自信のついた一番の試合になりました。
日本がフランスにここまで善戦したことは15年経った現在でもまだありません。
それから2年後。
僕がサッカーを見続けて最高の瞬間が訪れました。
2002年日韓ワールドカップです。
森島と西澤はともに代表に選ばれていました。
1戦目は埼玉でベルギーと引き分け、2戦目は横浜でロシアに勝利し、1勝1分けで迎えた第3戦は長居でチュニジア戦が行われました。
2002年6月14日。
僕もチュニジア戦のチケットを同僚と2人で何とか手に入れてあの長居スタジアムにいました。
前半はチュニジアを圧倒しながらも膠着状態で0ー0。
迎えた後半最初から森島が投入されました。
そして運命の時間を迎えました。
後半開始直後3分。
森島が見事なポジション取りでゴール!
セレッソ大阪のゴールでもお決まりの飛行機ポーズで喜びます。
長居はセレッソ大阪のホームスタジアム。
森島がJリーグで何度もゴールを決めているスタジアムです。
ワールドカップで森島がその長居のスタジアムに立ちゴールを決めるとは誰が予想したでしょうか。
雄叫びを上げるような森島の姿を見て最高のゴールの瞬間を長居で見ることが出来ました。
日本で行われた初めてのワールドカップでJリーグのホームスタジアムでゴールをあげたのは森島ただ1人です。
セレッソ大阪サポーターとして誰もが忘れられないゴールです。
当時僕は同僚がいる中で人目をはばからず涙を流しながら喜んでいました。
その後、彼は2008年に引退しました。
当時J2で苦しい時期でしたが、セレッソ大阪には次代を担う香川真司がいました。
ホーム最終戦のあと、それまでセレッソ大阪で15年以上付けていたミスターセレッソの証の8番を香川に託しました。
2009年シーズン、香川はその8番を付けて見事セレッソをJ1に昇格させてくれました。
2010年にドイツに渡った彼がその後日本を代表するプレーヤーになったのは説明するまでもありません。
当時の日本代表でゴールを決めた中田、稲本などとは比べ物にならないほど地味な存在だった森島。
でも彼が長居で決めたゴールは僕の一生の宝物です。